絹川 千尋
詳しいプロフィールはこちら日本産業衛生学会産業衛生専門医/日本医師会認定産業医/社会医学系指導
日本産業衛生学会指導医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医、メンタルヘルス法務主任者専属として勤務。その後中小企業を対象とした産業医として独立し、株式会社産業医システムズを設立。現在は統括産業医として、産業医に指導をしながら、チーム制による産業保健活動を行う。
2019年4月より働き方改革関連法案が施行されたことは、皆さまの記憶にも新しいのではないでしょうか。働き方改革関連法案の施行によって、従来よりも長時間労働に対する制約が大きくなり、社会全体で、長時間労働を前提とした働き方を是正する動きを見せています。
長時間労働によって、心身の健康障害が生じるリスクが高まることが知られています。本記事では、長時間労働による従業員健康障害の予防に着目して、「長時間労働に該当した従業員への対応におけるポイント」についてご説明します。
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1.「時間外労働」とは
まずは「時間外労働」の概念について理解するために、【法定労働時間】と【所定労働時間】の言葉の意味を押さえておきましょう。
■法定労働時間
労働基準法第32条により、労働時間については以下の通りに定められています。
・一日あたりの労働時間は最大8時間まで
・一週間あたりの労働時間は最大40時間まで
上記の法律で定められた労働時間を【法定労働時間】と呼びます。この法定労働時間を超えた分が【時間外労働時間】となります。時間外労働を行うためには、会社と従業員との間で36(サブロク)協定が必要なことは皆さまもご存知の通りです。
■所定労働時間
従業員と会社間で取り交わされた「契約のなかで定められた労働時間のこと」です。この所定労働時間は、法定労働時間の範囲内である必要があります。例えば勤務時間が9:00~17:30、休憩時間が1時間の労働契約であれば、所定労働時間は7.5時間となります。
2.長時間労働の定義は?どこから長時間労働?
ひと月あたりの時間外労働時間が何時間以上であれば長時間労働に該当する、といったものは法律で明確に定義されていません。働く人の感じ方も様々であり、ひと月あたり45時間程度の残業をしてもストレスを感じない人もいれば、同程度でも心身共に疲弊してしまうという人もいるでしょう。では「本人が問題がない」というのであればどれだけ働かせても問題はないのでしょうか。答えは「NO」です。なぜ長時間労働を避ける必要があるのか、次の章で詳しく解説します。
3.なぜ長時間労働を避ける必要があるの?
一言で言うと、「健康を障害するリスクが高くなる」ためです。ひと月あたりの時間外労働時間が45時間以内であれば、健康障害のリスクは低いとされていますが、ひと月あたりの時間外労働時間が45時間を超えると、労働時間が長ければ長いほど、健康障害のリスクが高まります。皆さまがよくご存知の36協定では、45時間を超える回数が一年あたり6回までとされていますが、それは45時間を超えると健康被害のリスクが高まる為とも言えるでしょう。
また、ひと月あたりの時間外労働時間がある一定の時間以上になると、特に健康障害のリスクがあるとされています。健康障害のリスクが特に高い従業員に対しては、会社として対応が必要となりますが、その内容については記事の後編で詳しくご説明します。
4.長時間労働による健康被害のリスク
具体的には、一日あたりの労働時間が11時間以上である群では、一に当たりの労働時間が7~9時間の群に比べて、急性心筋梗塞の発症リスクが2.9倍であるといった研究データが出ています。また心筋梗塞などのフィジカル面だけではなく、長時間労働によって睡眠時間が短縮される事によりメンタル不調を発症するリスクも高まります。
また、会社には「従業員が安全に、健康に働けるようにするために配慮をしなければならない」という安全配慮義務が課せられています。安全配慮義務を履践するためにも、社員の健康を害する可能性のある長時間労働を、できる限り最小限に抑える必要があります。
発症前の数か月間、長時間の時間外労働が続いているなかで脳や心臓の病気を発症した場合、安全配慮義務違反が認められると共に、労災が認定される可能性も高まるのです。
この事からも、会社が適切に長時間労働者の対応を行うことが重要であることが、お分かりいただけるのではないのでしょうか。
5.長時間労働の対象となった従業員への対応
本来であれば、長時間労働が発生しないように職場環境を整えることが理想ではありますが、急なトラブル対応等で、一時的に長時間労働が発生することもあるでしょう。会社として大切なことは、長時間労働の対象となった従業員に対し、適切に対応を行うことです。それでは早速、会社として必要な対応についてポイントを確認してみましょう。
5-1).産業医面談で健康状態を確認する
先にお伝えした通り、長時間労働によってメンタル・フィジカル両面の健康を害する可能性が高くなります。そのため長時間労働の疲労の蓄積による心身の不調の兆候がないか、心身の不調を発症するリスクが高くないか、医学的観点から確認することが大切です。そのため、会社は長時間労働の対象となった従業員に対し、医療の専門家である医師(産業医)による面接指導を受けることができるように、機会を提供する必要があります。
先ほど「長時間労働」については明確な基準が無いとお伝えしましたが、この医師による面接指導を勧めるかどうかについては、以下の図のような基準が労働安全衛生法等によって設けられています。
先述の通り会社には安全配慮義務がありますので、基準に該当した従業員に対しては、面接指導を受けるように従業員に対し積極的に勧めたり、従業員が安心して面接指導を希望できるような環境を整えるなど、従業員からの申し出をただ待つだけでなく、積極的に関与していくことが大切です。
なお、会社独自で定める基準は、法律や規則で定められているよりもさらに厳しい基準となります。独自の基準を設ける場合は衛生委員会等で調査・審議を行い、会社の規則や規程等で基準を明記する必要があります。会社独自の基準の一例として、「ひと月あたりの時間外労働時間が60時間を超えた月が3か月連続であり、かつ医師が必要と認めたものは面接指導を受けられるようにする」といったものがあります。
また長時間労働による健康障害を防ぐためには、年に一回の定期健康診断を受けさせることによる健康状態の把握や、異常値が認められた場合は、しっかりと受診勧奨や受診結果確認等の事後措置をしっかりと行っていくことも大切です。
5-2).面接指導の結果健康障害のリスクが高い場合は、必要な措置を講じる
長時間労働に該当した従業員に対し、ただ医師による面接指導を受けてさえもらえば安心、という事ではありません。面接指導の結果、健康障害のリスクが高いと判断された場合は、健康障害が起きないように、時間外労働時間の制限や代休・振替休日の取得促進、状況に応じて医療機関への受診勧奨等、産業医の意見をもとに措置を講じる必要があります。また組織全体で長時間労働が恒常化しているような職場では、組織全体の課題として改善に取り組む必要があります。そのため産業医を始めとする産業保健スタッフと会社が両輪となって対応することが重要であると言えます。
5-3).衛生委員会を活用する
衛生委員会等の場で、長時間労働について話し合いの場を持つことも必要です。例えば、以下の内容を衛生委員会で話し合うとよいでしょう。
・長時間労働の発生状況
・医師による面接指導が適切に行われるための環境整備について
・長時間労働による健康障害を予防するための施策
・面接指導の対象となる会社独自の基準の策定 等
6.長時間労働削減のために会社ができること
これまで長時間労働の対象となった従業員に対して、会社が適切に対応するためのポイントについてご説明してきましたが、最も望ましいのは、長時間労働の従業員が発生しないような仕組みを組織でつくっていくことです。
ここでは、長時間労働削減のために会社ができる例をご紹介します。
・繁忙状況に合わせたフレックスタイム制度の導入
・勤務間インターバル制度の導入
・労働時間の適正管理
・労働時間の目標設定
・長時間労働による健康障害に関する健康教育の実施
・仕事量、作業方法の見直し
・ソフトウェア等ツールを使用した業務の効率化
7.まとめ
これまで本記事では、長時間労働による従業員の健康障害のリスクや、長時間労働に該当した従業員への対応におけるポイントについてご説明してきました。最後に本記事の内容のまとめをお伝えします。
・長時間労働は、フィジカルメンタルどちらにも健康障害を及ぼす可能性がある。
・長時間労働の明確な定義は存在しないが、ひと月あたりの時間外労働時間が80時間以上で、従業員からの申し出があった場合は、医師による面接指導を実施しなければならない。また、従業員からの申し出をただ待つだけではなく、会社も積極的に関わっていくことが大切である。
・長時間労働対策は、新しい制度の導入や業務の見直しや労働時間の適正管理等をはじめとする会社の工夫と、産業医等の産業保健スタッフの対応どちらも重要である。
産業医システムズでは、経験豊富な産業医が皆さまと二人三脚で長時間労働の従業員の方への対応を行っています。会社の制度や仕組みづくりにかかわることもご助言が可能ですので、お悩みをお持ちの担当者様はぜひお気軽にお問合せください。