絹川 千尋
詳しいプロフィールはこちら日本産業衛生学会産業衛生専門医/日本医師会認定産業医/社会医学系指導
日本産業衛生学会指導医、社会医学系指導医、日本医師会認定産業医、メンタルヘルス法務主任者専属として勤務。その後中小企業を対象とした産業医として独立し、株式会社産業医システムズを設立。現在は統括産業医として、産業医に指導をしながら、チーム制による産業保健活動を行う。
定期健康診断とは
使用者(会社)は労働安全衛生法の第66条に基づいて、医師による健康診断を実施しなければなりません。健康診断を行わない場合、50万円以下の罰金が課せられることもあります。加えて、従業員も健康診断を受けるよう義務付けられています。
定期健康診断の項目(法定項目/オプション項目)
定期健康診断の項目には、大きく分けて法定項目とオプション項目があります。
まずはこの2つの違いをご説明します。
1.法定項目
法定項目は、法律で定められた「会社が従業員に必ず受けさせなければならない」項目のことです。法定項目は、以下の11項目です。
法定項目 11項目 (厚生労働省資料より)
1. 既往歴及び業務歴の調査
2. 自覚症状及び他覚症状の有無の検査
3. 身長、体重、腹囲、視力及び聴力の検査
4. 胸部エックス線検査および喀痰(かくたん)検査
5. 血圧の測定
6. 貧血検査(血色素量及び赤血球数)
7. 肝機能検査(GOT、GPT、γ-GTP)
8. 血中脂質検査(LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
9. 血糖検査
10. 尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
11. 心電図検査
この11項目の他に、健康診断の種類によって特定の項目が追加されます。
例えば、有害業務に従事する従業員に対しては、この11項目以外にも一部項目が追加されますが、オフィスで勤務をする従業員が受診する「一般健診」は、上記11項目が対象となります。
会社はこれらの項目について原則全て受けさせる義務があり、従業員も検査を受ける義務がありますが、一定の条件下において省略することが可能です。
1-1.法定項目11項目のうち、省略可能なものとその条件
法定項目は、省略が可能であるのは「医師が必要でない」と認めた場合に限り、以下の条件下で一部省略が可能です。一方で定期健康診断は、従業員の健康状態を把握することができる一年に一回の貴重な機会です。健康診断をきっかけに重篤な病気の早期発見や発症予防につながることも少なくありません。そのため積極的に省略することはお勧めしません。
2.オプション項目
上記の法定項目とは異なり、会社の福利厚生の位置づけで実施されます。オプション検査を実施しなくても法律で罰せられることはありませんが、今では多くの企業様がオプション検査を導入しています。オプション検査を導入することのメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
2-1.オプション項目を導入するメリット
①従業員の健康保持・増進につながる
オプション検査では、法定項目だけでは分からないような詳しい検査を実施することができます。分かりやすいところで言えば、がん検診がこのオプション検査に該当します。
法定項目にはない検査項目をオプション検査で実施することで、病気の早期発見・早期治療につなげることが可能になります。病気の早期発見・早期治療により、病気による長期休業や退職を防ぐことに繋がります。
②社内外に対し、健康経営のアピールになる
今や「健康経営」という言葉が浸透し、会社が従業員の健康のために投資することは会社の成長にとっても不可欠であると言えるでしょう。定期健康診断にオプション検査を導入することで、自社の従業員や取引先・求職中の人に対し、「自社が従業員の健康を大切にしていること」をアピールすることにも繋がります。
2-2.オプション検査の種類
それでは、オプション検査の種類にはどのようなものがあるのでしょうか。
ここでは産業医を指導する資格を持つ統括産業医が、様々な企業様を担当するなかで特に
有効であると考えられる項目を幾つかご紹介します。本記事でご紹介しているものはあくまで推奨項目であるため、オプション検査項目の導入を検討する際のひとつの情報としてご活用ください。
※産業医によって、一部オプション検査について考え方が異なる場合があります。選任された産業医がいる場合は、オプション項目の導入・追加に際しては産業医に意見を求めるようにしてください。
※推奨年齢や推奨頻度は、一部、厚生労働省が定めた「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」に基づいて記載しています。実際には記載年齢より若年層から取り入れている企業様も多くいらっしゃいます。若年層から取り入れる場合は、検査の侵襲性(検査による身体への負担)や費用対効果等を考慮して、節目年齢で実施するなど、状況に応じて工夫してください。
2-3.オプション検査項目の例
▶がん検診
一部自治体で開催しているものもあります。従業員の選択肢を広げるためにも、会社で提供できるとなお良いでしょう。
■胃がん【バリウム検査、胃内視鏡検査】
・【胃部X線検査(バリウム検査)】 :40歳以上の従業員に対し、1年に1回
厚労省の指針の中では、バリウム検査については、「当面の間」上記の年齢、頻度で実施することが明記されています。
・【胃部内視鏡検査(胃カメラ検査)】:50歳以降の従業員に対し、2年に1回
バリウム検査と比べて、費用が高額になることが多く、医師が検査を行うため予約の枠に限りがあります。また、麻酔が使用できるかどうか・鼻または口いずれかからカメラを入れるか等によっても検査の環境が異なります。
■大腸がん【便潜血検査、大腸内視鏡検査】
・【便潜血検査】 :40歳以降の従業員に対し、1年に1回
便潜血に関しては、若年層から取り入れている企業様も多くいらっしゃいます。
・【大腸内視鏡検査(大腸カメラ検査)】 :便潜血検査が陽性と判断された者に対して実施
大腸内視鏡の実施については、便潜血が陽性だと判断された特に50歳以上の者に対し、強く勧奨が必要とされています。
■子宮頸がん【子宮細胞診、内診、HPV検査】
・【細胞診および内診】:20歳以上の従業員に対し2年に1回
・【HPV検査】:30歳以上の従業員に対して5年1回
■乳がん【マンモグラフィ検査、乳腺エコー】
・【乳房X線検査(マンモグラフィ検査)】:40歳以上の従業員に対し2年に1回
・【乳房超音波検査(乳腺エコー検査)】:30歳代より若年層は一部家族が乳がんである等、
遺伝的にハイリスク者でない場合はマンモグラフィよりもエコー検査が推奨されます。
なお、乳房超音波検査は死亡率減少効果に関するデータがないため、何年に1回受検すればよいという指針はありません。
■肺がん【胸部X線検査、喀痰細胞診】
・【胸部X線検査】:40歳以上の従業員に対し1年に1回
・【喀痰細胞診】:50歳以上で喫煙指数<(1日の喫煙本数×年数)>が600以上、または過去に血痰のあったもの
■前立腺がん【PSA検査】
・【PSA検査】:40歳台以降から推奨
→血液検査に項目を追加することで受けることができます。
▶血液検査の項目追加(白血球・血小板・尿酸・クレアチニン・HBA1cなど)
血液検査の項目を追加することで、より詳しい健康状態を知ることができます。
その項目に異常が出たからといってすぐに病気が診断されるものではありませんが、異常値が見つかった場合は、精密検査を早くに受けることにつながります。
多くの企業では、【白血球】や【血小板】など、血液の病気の有無を調べる検査や、【HbA1c】という血糖値を調べる検査、【尿酸値】や【クレアチニン】など痛風や腎機能障害のリスクを調べる検査が導入されています。
3.オプション検査項目の社内での取り扱い
法定項目は労働安全衛生法で定められている項目であり、会社が結果を通知するため、会社が法定項目の値については当然に知ることになります。また、就業判定の実施や所見がみられた場合の対応については、会社にその責任が課せられます。
しかしながら、オプション項目については会社にはその責任がありません。裏を返せば、会社に責任がないという事は、オプション項目の結果については、会社がその結果を本人の承諾なしには知ることはできないということです。
一方で会社がオプション項目の結果を確認して、その結果がもしも異常値であった場合は、「会社がオプション項目の結果を認識しているため、その結果に応じた適切な対応が必要になる」という事を認識しておかなければなりません。
(※健康診断の事後措置についてはこちら)
従業員とのトラブルを防ぐためにも、オプション項目の取り扱いについてはしっかりと社内で取り決めをしておくことが必要です。
オプション項目の社内での取り扱いについては、大きく分けて以下の2つの方法があります。
3-1.オプション項目も含めて会社が確認し、事後措置を行う
従業員に個別に承諾を得て、オプション項目も含めた項目について会社が確認し、事後措置を行う方法です。
承諾を得る方法はオプトアウト方式ではなく、個人それぞれに承諾を得る形が望ましいとされています。必ずしも書面でなければならないという事ではなく、電子媒体で承諾を得る形でもよいでしょう。
なかには入社時の書類の一部に、「健康診断の取り扱いについてオプション項目を含めた結果を会社が入手すること」を記載して、署名を依頼する形で承諾を得ている企業様もいらっしゃいます。
また、オプション項目のうち一部は会社が確認して管理する項目とし、婦人科健診などがん検診の一部については会社が結果を確認せずに、従業員の自主性に任せて管理をしてもらうという方法もあります。
その場合は、どの項目を会社が管理し、どの項目を従業員の自主性に任せて管理をするかを明記しておくと良いでしょう。
▲メリット▲
この方法では法定項目も含めたさらに詳しい項目を確認して、事後措置を実施することができるため、従業員の健康管理・健康増進の強化につながります。
また健康診断に関する集計をとる時も、より詳しいデータを扱うことができるため、従業員の健康状態に関する実態を把握することができ、健康施策を立案できるなど、打ち手を検討しやすい一面もあります。
▼デメリット▼
この方法でよく聞かれるデメリットとしては、従業員一人ひとりに同意を得ることが難しいことや、オプション項目まで管理をするための、マンパワーが不足しているということです。会社として管理する項目が増えれば増えるほど、それだけ担当者の負担にも繋がるというリスクがあります。また、産業医がそれだけのデータを確認する必要があるため、産業医の判定作業や確認作業に時間がかかり、結果として会社が産業医に支払う費用が増えるといったデメリットもあります。
3-2.法定項目のみ会社が管理し、オプション項目は会社は管理せず、結果も確認しない
マンパワーの足りない企業の多くは、こちらの方法をとっている事が多いでしょう。「会社は法定項目のみに関与し、それ以外のオプション項目については従業員の自主的な健康管理に任せる」という姿勢です。
▲メリット▲
線引きが明確であるため従業員とのトラブルにもなりにくく、項目が決まっているため、一定のルールに従ってある程度システマチックに事後措置を実施することができます。限られたマンパワーのなかで効率的に管理ができるといったメリットが挙げられるでしょう。
▼デメリット▼
せっかくオプション検査を受けても、受けた後に「受けっぱなし」となってしまうことがあります。受けた後のことは、従業員のヘルスリテラシーに依存していると言えるでしょう。例えば、検査結果に異常が認められていても、結果を適切に理解して精密検査を受診するなどの行動をとらなければ、せっかくのオプション検査の効果が薄れてしまいます。
そのため従業員のヘルスリテラシーを高め、自律して行動ができるよう、会社も働きかける必要があります。
3-3.オプション検査の費用の取り扱い
定期健康診断の実施者は会社であるため、法定項目にかかる費用は全額会社が負担する必要があります。一方でオプション項目については福利厚生の範囲であるため、全額会社が負担する場合もあれば、費用の一部を会社が負担して、残りを従業員に負担してもらうといった方法もあります。
また定期健康診断にかかる稼働は勤務時間とすることが望ましいですが、オプション検査については事業者(=会社)の裁量に任されています。例えば有給休暇を取得してその時間に受診をさせても、大きな問題にはなりません。しかし、人間ドックなどでは定期健康診断とオプション検査を同時に実施することが多く、その場合はオプション検査を受けるためにかかった時間も、勤務時間とみなされることがあります。
また、従業員の健康管理・健康増進の関係から、勤務時間内にオプション検査の受検を許可している企業様もいらっしゃいます。
いずれにせよ、大切なことは、男女・年齢問わず全ての従業員に対して公平・公正な制度であることです。オプション検査にかかる費用や稼働については、社内で検討し、従業員に分かりやすい形で周知するように心がけましょう。
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